◆武州街道と八ヶ岳 大島良樹
◆カーサイクリング考 原 明吉、広瀬洋子
◆千葉~銚子~霞ケ浦~筑波山 辻 英夫
200円 108頁
◆山岳ツアーとナイトランとそれから・・ 鈴木俊郎
◆長野、山梨を走る 軽井沢~小海~石和~山中湖~上野原 斉藤清志
◆旧中山道 その5 園尾哲郎
シクリスム概論 第1編 基礎編 第6章 運動生理学 鳥山新一
オーダーメイド読本 第19回 オーダーに必要な基礎知識 有吉一泰
【巻頭】フォト 第1回クラブラリー / 秩父峠越えツーリング 原 明吉
#新春無責任座談会
左近光三(東京サイクリング協会)、斎藤 昇(千葉県サイクリング協会)
山本克己(神奈川県サイクリング協会)、杉山 弘(埼玉県サイクリング協会)
鳥山新一(日本サイクリング協会常任委員) 、今井彬彦(本誌)
斎藤:やっぱり、サイクリストが泊まりながら来る人たちにね。こう、やすいセンターぐらい欲しいね。中央に。
左近:中央に、センターか、(小声で)そりゃ、無理だな。
一同:(大笑い)
斎藤:夢みたいな話だからさ、なんだけども。
左近:サイクル出版のあのなんていうか経営するロッジみたいなもんか。
今井:そりゃ、いいね。(笑)
左近:社長がいいねっていってるよ。そりゃ欲しいね。
今井:サイクリストが泊まれる所が欲しいってわけですか。
左近:泊まれる所っていう事じゃなくてね、ボク補足しよう。
泊まれるのもいいかもしれんけど、やっぱり斎藤氏が考えている事、ボクもそれね、考えた事あるよ。やっぱり雑誌を通じてね、色んな知識がサイクル出版にあるわけだ。
そういったものを、来る連中がね、そこに来るといろんな知識がまた見れるという、あるいはいじれるというふうなものがね、なんとか、出版社の手でそういう施設が欲しいってことなんだ。
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【どんな時代?】
東大安田講堂事件
1960年代後半、学生によるベトナム反戦運動・第二次反安保闘争が活発化した。それと時を同じくして、ベビーブーム世代が大量に入学する一方で、ときに権威主義的で旧態依然とした大学運営がみられた。
全共闘の学生達は大学当局との団体交渉(団交)で自分たちの主張を唱え、それが認められない場合は大学構内バリケード封鎖という手段に訴えた。学園紛争は全国に波及し、最盛期では東京都内だけで55の大学がバリケード封鎖に入り社会問題に発展していった。
その中で、東京大学においては医学部自治会などが登録医制度反対などを唱え、通称「インターン闘争」に始まる東大紛争を展開した。大学当局は機動隊を導入しこれを排除したが、これに対して全学の学生の反発が高まり、安田講堂はバリケード封鎖された。
1969年1月18日から1月19日にわたり、警視庁警備部は8個機動隊を動員し、投石・火炎瓶などによる全共闘学生の抵抗を受けて学生・警察官双方に多数の負傷者を出しつつも安田講堂を封鎖解除した。
ウィキペディアより
◆メルクス あなたは誰? 鈴木正文
・・1968年に行われたGIROの前まで、メルクスはジモンディを目標にしている、と言われていたが、今や一歩前に進んだといわれている。(中略)
メルクスに対する激励の言葉は常にジモンディとの対戦であった。だからメルクスはジモンディの活躍を耳にするたびに自分にムチ打ったといわれるのである。・・
・・今、ナポリで凱旋式がベルギー人のために行われている。メルクスは云う。「私の道は完璧でした。先輩アドルニィ、ありがとう。心から感謝しています。私はあなたの指揮で走り、制御して無益な恐怖心はひとつもありませんでした。」・・