◆NC道案内 多摩川サイクリング道路(東京都) 八塚利秀
◆まものたち 横尾 明(横尾双輪館)、新田眞志
◆山本秀男のエッセイ風MONO学 9 フレームの寸法
580円 90頁
【巻頭】フォト 第7回ハンドメイドバイシクルフェア
◆エッセイ風フォト紀行 消えてしまった雑木林 写走派「風」
◆サイクルツーリストに役に立つかもしれないコラム 石丸英明
【クラブハウス】みちのく須賀川サイクリングクラブ(福島県須賀川市)
# 檀 一雄への旅 山本進一
博多駅~能古島~小田浜~唐津~柳川
・・敗戦直後、檀一雄は死病の妻を介抱しながら、幼い長男太郎とともに糸島の小田浜で苦闘の日々を過ごした。
私は文学碑の前に午後の半日を座り込んで酒を飲んだ。夕刻には渡船場の食堂に降りてまた飲み続け、海上はるかな博多の街の灯を見つめていた。(中略)
水郷柳川を心ゆくまで私は散策し御花茶屋で名物うなぎを賞味した。もう残すは墓参だけとなった。福厳寺の門をくぐり住職の案内を請う。(中略)
目をひらけて「墓碑銘」を一句づつ声をあげてよみ、もう一度深々と頭を下げた。・・
【どんな時代?】
アイルトン セナが事故死
フォーミュラ1において計3度ワールドチャンピオンを獲得したアイルトン・セナは、1994年5月1日、イタリアのサンマリノグランプリに出場した。
この大会の決勝レースでセナはコース右脇のコンクリートウォールに激突、事故発生から約4時間後に、34歳で帰らぬ人となった
後の調査では、衝突の瞬間に跳ね上げられた右フロントホイールがコックピット内部に侵入し、セナのヘルメットの右前部に激突したと考えられている。
ブラジルのテレビ局は事故後、一日以上セナ関連の番組を放送し続け、事故を掲載した新聞、雑誌は即日完売。国葬が行われ、葬儀を放送したテレビ番組の視聴率は60%を超えた。
ウィキペディアより
◆ツーリングのすすめ 山本 昌(アルプスサイクフレンズ)
・・朝、目覚ましの音と、カミさんの励ましとも追い立てとも言えない掛け声が、両耳から脳に突き刺さってくる。
イメージした朝とは違うので、今日はサイクリングは中止にしよう、気分が乗らない。そう言い訳を言ってまた布団の中の温もりに目を閉じてしまう。(中略)
気分が乗らない日に出掛けてもろくなことは無い。休日の朝のお騒がせである。・・